「野ざらしの世代」
「野ざらしの世代」
駅を間近にして、ちょっと気にかけていた事を思い出した。
確かこの通り、と記憶を頼りに探してみると、不動産屋と靴屋にサンドイッチされて、具のようなほっそりとした建物が見つかった。およそ二間ほどの幅で三階立てのちっぽけな図書室分館である。これまで市内に住みながら、その存在をまったく知らなかった。何気なく調べてみた市役所のホームページに、その分館は紹介されていたのだった。しかし、入り口のガラスには、「ふるさと情報館」という表示がされており、図書館という文字は見あたらない。
疑問に思いながら、ドアを押すと、中の人がカウンターに現れた。
「ここは、図書館ですよね」
と私が訊くと、相手の男は、
「ええ、二階です。でも、あまり本はありませんよ。お気に召すものがあるかどうか」と、照明のスイッチを入れて、二階が明るくなった。それまでは、まっ暗だったのである。
私は、誰もいない階に上がった。十二畳ほどの広さの一室の三面すべてが書棚で、寄せ集めを感じさせる本が並んでいる。私は上下巻のある小説の上巻だけを手にとって階下に降りた。
カウンターの年輩の男は、
「ありましたか?」といった。
私が黙っていると、また、
「ありましたか……」と言った。
借りる本がありましたか。借りる本があったんですねエ。
という意味だとすぐに分かったが、貸す方がそんなことを言うのが、奇妙なもので、私はほほえみをこらえながら、本を黙ってカウンターに差し出す。
「貸し出しのカードは持っていないのですが」と言ってみる。
「ああ、大丈夫です。この紙に書いてください」と藁半紙の端紙を出した。
一冊。住所。電話。氏名のみの記入である。
本の題名を記入する欄はない。奇妙に思って、
「あのう、本の題名とかは。あと、免許証とかは……」
私は一応、訊いてみた。
しかし、相手の男は早口で、
「あ、いいんです。これで、いいんです。古い本ばかりですからね」と言った。そして、その紙をしまいながら再び、「ありましたか」とつぶやくように言った。
電車を待つホームで本を調べて、男の言った言葉の意味が少しわかった。リサイクルとゴム印が押されていたのだ。あそこに並んでいた本は全部同じゴム印がおされているのかもしれない。
しかしながら、だからこそ、これは面白い本に違いないと私は確信めいた予感を持った。私に借りられるより他に存在理由がなさそうな本に思えてきたからである。そしてその予感は的中したのだった。
五十代の人について、登場人物の語った言葉が印象的だった。
『その人間のつちかってきたものが表面化してくる年代だといえるかもしれませんね。たとえば、野ざらしにされていた汚れた木にかんなを当てて削ると、びっくりするような見事な木目と光沢が現れるといったふうにです。』
私はこの言葉にとても勇気を与えられ、後日その下巻も借りに行ったのだった。(おわり)

