「老夫婦のテーラー」
「子供の日」は、昼ごろから天の恵みの雨となった。昨日まで、連日土いじりだったので、大人の私も今日は心底うれしかった。
ラベンダーやセージ、カモミール、バジル、ミント、レモンバームなどのハーブ。
コリウス、ペチュニア、けいとうの苗。加えて、七袋の草花の種。
畑の方は、インゲンの種を三袋。トウガラシの苗を十株。サツマイモの苗を二つ。満願寺トウガラシの苗も遊びで一株。落花生の苗を十株。
極めつけは、バラの新苗を三種類だった。
赤い蔓バラ。四季咲きのハイブリットティーローズ、オールドローズ。
とまあ、こんな草花や野菜を、次から次ぎへといろいろ仕込んだのだ。
それぞれの種と苗も、雨の中で一息ついているはずである。……
それにしてもこのごろの予報はあたるものだ。変な言い方だけど予定通りの「一日中フリー」だった。東京に出て、美術館を二つ回ってみた。
帰路、一つ前の駅で降りる。今日はテーラーに用がある。
歯が抜けるように、一つまた一つと店がなくなった旧道沿いも数えるほどの店しかなくなってしまった。
八十歳を超える老夫婦のテーラーにはずいぶんお世話になっている。最初、ジャケットのボタンがとれてしまったので、それを付けなおしてもらったのが縁だ。その時は、ボタンをはずしながら主人が、
「こりゃ、お客さんオーバーのボタンだよ」と笑いながら言った。
「よくまあ、入ったもんだね」
ボタンを通す穴とボタンを並べて、感心している。
そういわれて、私もようやく思い出した。
もともとついていたボタンが外れてなくなってしまい、妻にボタンを買ってきてもらい、とめてもらったのだった。
「ボタンにもいろんな種類があるんですね。見ただけで分かるんですか? 知らなかったな」
心の中で私は冷や汗をかきながら頭をかいている。
「素人がこれを付けたのは分かるけど、ずいぶんとまあ苦労したね」
慈しむような手つきで取り付けてくれたのだが、料金は受け取らなかった。もちろん上着はそこで買ったものではない。
この店は近くの人のたまり場のような所になっていて、お茶とお茶菓子が出てくると三十分は話し込むことになる。
こんなことが縁で、その後ワイシャツも仕立ててもらった。高いのは予想していたので、ここぞというときに使う物なのだが、これがまた手触りからして違う。まったくの別物だ。普段使用するものは、中国製の500円のワイシャツだったりするので、違いが私にもよく分かる。
今回は春から夏にかけてのズボンを買った。スラックスとか今風に「パンツ」と言った方がいいんですかね。とにかく、私の財布の中身は今をときめく定額給付金である。
私は実の母親と同年齢の店の婦人と茶飲み話をする。ガンの術後だというのだが、婦人の表情は明るい。抗ガン剤が体に合うようで、髪の毛も抜けないし、食欲もあるという。いろんな話をしているうちに三十分などあっと言う間に過ぎてしまう。私にはこんな時間がかけがえのないものなのである。(終わり)


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