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2008年12月 2日 (火)

「5年目の会話」

 毎日私が利用するJRのT線の下りは、さほどこんでいない。グリーン車が二両できたおかげで、座れない人もいるという程度である。少し頭を使えば、次の駅からは座ることができる。 
 さて、そんな状態だと、話したことはないが顔見知りという方がたくさんいらっしゃる。
同じ駅をおり、前後して改札を出、それぞれ職場に向かう。そんなくり返しの中で、お互いの様子はかなり観察し、記憶に残っているものだ。分析もする。どこの駅で降りるのか。どこに座っていることが多いか。荷物やカバンはどんなものを使っているか。電車に乗っている間、何をしているのか。そんなことである。話しをしたことはないのだが、どんなことをしている方なのかと思いを巡らすことはある。また、お互いに尊重しあっているところもある。例えば、席が一つしか空いていないときなど、何がなんでも座ろうという行動には出ない。エチケットである。同じドアのところに顔なじみがいれば、順番を互いに尊重する。ま、そうではない人もいるにはいるのだけれども。大概、必要最低限のエチケットは持ち合わせているつもりである。
 さて、そんな人たちの中に、ハンチング帽をかぶった痩せて背の高い紳士がいた。一番最初目にとまったのは、Dパックを背負っていたからだ。これは私と同じだから。私との違いはそれがしゃれたつくりで小ぶりなこと。私のように1000円のものではない。中から小型のパソコンを出して、車内で仕事をしている時もある。私もパソコンは仕事で使うので、気になったようだ。身のこなしは若い。しかし、顔を見るとあごひげに白いものがちらほらしており、私よりも幾分若いぐらいなのかもしれない。そんなことを思いながら、挨拶を交わすわけでもなく5年ほどの年月がたった。
 ところが、先日、ふとした拍子に声をかけられた。
「絵がお好きなんですか?」
 初めて聞く声だったので、戸惑った。
 相手は、私が時々、キャンバスを持って電車に乗るのが気になっていたようだ。私もじっくり観察されていたらしい。そして、よかったら絵を見せてくれないかとおっしゃった。
 私は、趣味で描いている。そんな簡単な説明をした。相手は本格的に絵を描いていらっしゃるようだ。ただ、それでは、生活できないので、他に仕事をもっていらいっしゃうるとのことだ。
 相手はともかく、私は年齢それなりに生活にくたびれた様子もにじんでおり、そんないい年をした男がときどき絵の道具を持っていたり、アイデアスケッチを描いていたり、美術のたぐいの本を眺めていたりするものだから、先方も気になったのだろう。ま、玩具のようなものを手にしていないと、生活に潤いがないわけである。そうした者同士が引き合う磁力のようなものもあるのだろう。
 翌日から、笑顔で挨拶を交わすような間柄になった。そして、自作そのものではないのだが、作品の絵はがきなどを渡した。 (おわり)
 

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