「ファーブルの真実の姿」
フランス人のファーブルといえば昆虫記だろう。これは、彼の晩年の著書。私は子供の頃、夢中になって読んだ。フンコロガシとか興味をもって読んだ。ところが、最近別の本を読んでいて、ファーブルに対する自分の認識がかなりいい加減であることが分かった。第一、彼が単なる昆虫学者であると五十年間も思い込んでいたのである。
実は彼は、天才的な化学者であった。ノーベル化学賞受賞の福井氏の著書「学問の創造」によれば、彼はアリザニンという染料の効率良い抽出に成功する。その功績でレジオンドヌール賞を得、時の皇帝ナポレオン三世に謁見するほどの人物であったという。
話がそれるのだが、イギリス人のニュートンといえば、歴史上の偉大な科学者であることは、誰もが認めるだろう。ところが、これもよく知られていることなのだが、彼は錬金術の研究に熱中していたのである。もし彼の研究が成果が上がっていたのであれば、彼の「科学者」という肩書きは錬金術師になっていたのかもしれないのである。
さて、ファーブルに話を戻そう。
ファーブルは、貧しい農家に生まれ、苦学を重ねながら師範学校を卒業する。しかし、彼の夢は大学で研究者となることであった。そのための研究費を捻出するためにアリザニンの抽出技術の特許を取ったわけである。
アリザニンとは、茜の主成分である。ところがである。運命も歴史も皮肉に出来ていた。
ファーブルの功績と前後して、隣国ドイツはアリザニンを人工合成することに成功したのである。天然のものを抽出するよりも無尽蔵に人工合成する方が、効率が良いことはいうまでもないだろう。 なんということだろうか。私がファーブルなら神も仏もあったものではないと泣き叫ぶかもしれない。しかし、不屈のファーブルは、
「我、働かんかな」と呟き自分を励ましたという。
ぐっと胸にせまる言葉である。る何という強靭な精神力であろうか。
「明日は明日の風が吹くさ」とでも意訳すれば感じがでるだろうか。
こうしたことも、昆虫記の十巻の最終章にのっているという。私の読書はいいかげんなものだ。そうした記憶もないし、すっかり見落としている。興味を持たれた方は、ファーブル昆虫記を再読されたい。時間がなくて、気になる人は、福井謙一氏「学問の創造」の62ページから65ページを読まれるといいだろう。
(おわり)

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