「それぞれの道」
大学時代の友人O君が伊豆に転居してラーメン屋を開いたと賀状の中で知らせてくれたのは五年ほど前である。
三十年ほど前のことだが、私とO君は大学生の時、一緒に北海道旅行をした仲である。当時も不況で、就職難だった。O君は自分の夢をかなえるために出版業界に行き、私は埼玉の実家から通える範囲で公務員となる安全策をとった。ある意味、彼は私の夢でもあった。その後、それぞれは家庭を持ち、別々の道を歩んできたのである。
O君の転職を知って、私は彼が料理を得意にしていたことを思い出した。ある時、O君はいつもの手のこんだものでなく、田舎から送ってもらったというキャベツをただ茹でて私の前に出してくれた。何もつけずにかじってみろという。かみしめるほどに自然な甘さが口にひろがり、かおりが心地よかった。いつも食べている青臭いしろものとは別ものだったのである。……
さて、季節の変わり目にラーメンが食べたくなるとO君の店に行くようになった。もちろん事前に連絡はとらない。私は、餃子をつまみにビールをのみ、カウンターごしに彼と雑談をする。……
ラーメンは、添加物をほとんど使っていない。海の素材をさっぱりとしただしにしている。ナチュラルな健康志向を感じ、かつてのキャベツのことも思い出した。
残念なことだが、つい先頃、彼に店じまいをすると告げられたのは、折しも店が花火大会の日で客でごったがえしをしているさなかであった。
「なんでまた? こんなにはやっているのに」
「こういう日が年中というわけじゃないからね」
「………」
「健康だから元気。これからも大丈夫」
彼は快活に笑い飛ばすのだった。
つい先頃、彼は暑中見舞いで伊豆半島の先端で回転寿司屋に勤めたという。ここにも行ってみた。待つ人が行列になる人気の店だ。私はいつものように彼に連絡もしないで立ち寄った。カウンターごしに手を振って、簡単な挨拶ををかわした。(おわり)


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